十五で姐やは 嫁に行き
お里の便りも 絶えはてた
童謡『赤とんぼ』の三番。この二行には、何とも言えない寂しさが漂います。
「十五で嫁に行った」とは、誰のことを指しているのか?
単純な子守娘の別れと読むだけでは、どうも深すぎる余韻が残ります。
■ 通説:姐やは子守娘だった
もっとも一般的な解釈では、「姐や」とは奉公に出ていた子守娘を意味します。
昔の日本では、貧しい家の少女が十歳前後でよその家に奉公し、幼い子どもの世話をすることがありました。
やがて十五歳ほどになると、結婚してその家を離れるのが普通でした。
この歌では、幼いころ慕っていた姐やが十五で嫁に行き、
それ以後、里からの便り(手紙)も途絶えてしまった――。
つまりこれは、**幼少期に体験した「別れ」と「喪失」**の記憶を詩にしたものです。
赤とんぼが飛ぶ夕暮れの空は、過ぎ去った日々を映す「郷愁の色」となります。
📖 出典:http://同志社女子大学 教員コラム「童謡『赤とんぼ』について」
■ 第二の読み:語り手が十五だった/
一方で、「十五で嫁に行き」の「十五」は語り手自身の年齢だとする説もあります。
つまり「自分が十五歳のころ、姐やが嫁に行った」という意味です。
この読みでは、姐やは年上の子守娘ではなく、
かつて慕っていた年上の女性、あるいは初恋のような存在として描かれます。
十五歳の少年が、淡い恋心を抱いた人が結婚してしまい、
それ以後便りも絶えてしまった――。
同じ歌詞でも、そこに滲むのは郷愁よりも恋慕と青春の痛みです。
童謡というより、ひとつの恋愛詩としての味わいを持つ読み方です。
📖 出典:NPO法人北海道総合福祉研究センター「『十五でねえやは嫁に行き』を誤解していた」
■ 第三の読み:姐やは「母」だった
さらに深い読みとして、「姐や=母」説があります。
作詞者・三木露風は幼少期に両親が離婚し、母と離れて育ちました。
彼の詩には生涯を通じて「母の不在」への想いが流れています。
この背景から読むと、「十五で姐やは嫁に行き」は
母が家を去った、あるいは別の家庭へ行ったことの象徴的な表現に見えてきます。
「負われて見たのはいつの日か」
──母の背に負われた記憶。「お里の便りも絶えはてた」
──母からの手紙も途絶えた。
つまり、姐やという言葉の背後に“母”の影を重ねているのです。
📖 出典:note「三木露風『赤とんぼ』を読み解く ― “ねえや”とは誰か 母の喪失が…」
■ その中間説:「母の代わりとしての姐や」
もうひとつの興味深い見方は、
「母が子を思い、郷里の娘を子守として送った」
という実際の三木露風の境遇を踏まえる説です。
この場合、姐やは実母そのものではなく、
母と子をつなぐ象徴的な存在。
姐やが嫁に行ったことで、そのつながりも絶えてしまい、
母の消息も途絶えた――という構図になります。
これは「母の代わりに愛してくれた人をも失う」という、
非常に個人的で痛切な物語です。
📖 出典:Ameba OWND「童謡『赤とんぼ』に秘められた思い」
■ なぜこの詩は人を惹きつけるのか
どの解釈を取るにしても、『赤とんぼ』の中心には「失われたもの」があります。
子守娘でも、初恋でも、母でも――それは「もう戻らない過去」です。
赤とんぼが飛ぶ夕暮れの空は、
人が誰しも持つ「取り戻せない時間」そのものを象徴しています。
三木露風は、曖昧な言葉をあえて選び、
聴く人それぞれが自分の“喪失”を投影できる余白を残しました。
それが、この詩が100年近く経った今も読み継がれる理由でしょう。
■ 結び
「十五で姐やは嫁に行き」
その短い一行の中に、
幼年の記憶、恋の痛み、母への慕情――
それぞれの人生の“夕焼け”が重なっています。
だからこそ、『赤とんぼ』は童謡でありながら、
大人の心にこそ響く詩なのです。
ということをChatGPTに書いてもらった。
ただ赤とんぼ・三木露風 (二) – 東川寺 Homepageによると、三木露風本人は
『赤とんぼ』の中に姐やとあるのは、子守娘のことである。
私の子守娘が、私を背に負ふて廣場で遊んでゐた。
その時、私が背の上で見たのが赤とんぼである。
と言っているようだ。里の便りが絶え果てた理由については本人からの言及はないようだが。